Gurmukh Kaur Khalsa
グルムクはヨギ•バジャンの最も初期の生徒の一人である。グルムクの師の出会いは1971年、ヨギバジャンがアメリカに移って、
2年後に過ぎない頃であった。当時のアメリカは、ヒッピー運動、ドラッグ•カルチャー、反戦運動、精神的な革新の初期の中にあって、
大きな変化を経験していた。グルムクは数年に渡って、スピリチュアル•パスを様々に模索していたが、これというものが見つからずにいた。
しかしヨギ•バジャンに出会った瞬間に、完全な信頼を感じ、彼が自分の師なのだとわかったと言う。初めてのクラスで、彼女はこの
クンダリーニヨガという技術が、自分が健康を、幸福を、そして精神的な充足を得る為に必要なものだと革新した。グルムクは、
文字の上では「グル(師)の口」を意味する名を与えられ、それは「何千人もの人をして、世界の海を渡らせる者」という意味だと教えられた。
彼女は、クンダリーニヨガの指導者を養成することで人類に貢献しようと専心する姿をヨギ•バジャンに見いだし、それが自分にも出来る最も
効果的なことだと感じて、目の前の道を歩み始めたのである。
ヨギバジャンは、主にロスアンジェルスに、約15年暮らした。グルムクはクンダリーニヨギとなってすぐに結婚し、彼女と夫は、
ヨギバジャンのクンダリーニヨガクラスと講義の殆ど全てに、そして100にも及ぶホワイトタントラのコースに参加した。
(ホワイトタントらとは、ヨギバジャンだけが指導したテクニックで、一人のパートナーと、一日中様々な瞑想やチャンティングを行う
ものである)グルムクはヨギバジャンに学び、彼の側にいることで数多くの深遠な経験を積んでいった。
グルムクは1970年代の始めに、ゴールデンテンプルコンシャスクッカリーというベジタリアンレストランのマネージャーとなった。
このレストランでは、非常に美味で、且つ心身を癒す、ヨギバジャンのレシピが使われた。一方彼女の夫はヨギバジャンを車に乗せてロ
スアンジェルス中を回り、彼と共に様々な人々を訪ね歩いた。
グルムクはクンダリーニヨガと瞑想法の指導者となり、地域のクンダリーニヨガセンターで数年間レギュラークラスを持った。その頃、
当地域には若い人々が多く、結婚して、子供を持つ人が増えていたことから、ヨギバジャンは、女性達が自分自身の子供の為に、指導者
となり、教師となれるよう、女性の為の特別コースを開講した。彼はまた、妊娠、出産、産後のケアの為の多数のテクニックも指導した。
グルムクはそれらの教えを全て吸収し、自分自身の妊娠にも活用した。彼女の娘は、今26歳になる。グルムクは、ロスアンジェルスで、
そして世界で、マタニティヨガ、ママとベビーヨガ指導の第一人者であり、両ヨガそれぞれの、素晴らしいDVDを制作した。現在彼女は、
マタニティ及びママとベビーヨガのセンター、そして指導者養成センターであるカルサウェイの創設者でもある。ゴールデンブリッジの壁面には、
何百という赤ちゃん、お母さん達の写真、そしてお礼のカードが飾られている。
クンダリーニヨガと瞑想法をこよなく愛するグルムクだが、彼女はまた、東寺ロスアンジェルスで発展しつつあった他のヨガ流派にも常に興味
を持っていた。彼女はローラーブレードを移動手段に、午前中はアシュタンガクラスへ、午後はピラテスのクラスへ、というように、様々な
クラスに参加した。彼女は、主なヨガ流派のほぼ全てとクンダリーニヨガの相似点、相違点を学び、成功している指導者が、どんな風に物事
を説明するのか、どのように指導するのかを研究した。彼女が別の流派の指導者になってしまうのでは、と思う人々も板が、グルムクは言う。
「私はいつもクンダリーニヨガに戻って来ます。私はクンダリーニヨガが最も好きです。素早く効果が上がり、その教えの領域は深く広いものですから」
「ヨガ行者としてのキャリア」の初期に、グルムクはシーク教徒になった。シーク派の教えは、直接的にクンダリーニヨガと繋がっているものではないが、
ヨギバジャンは、非宗教的に、しかも実用的かつ精神的な方法で、シークの教えを示し、例を挙げた。それらは、あるがままの自然の姿を保つこと、
髪を切らないこと、動物は食べないこと、早朝に起床して、ヨガ、瞑想、チャンティングを一日の10分の1にあたる時間行うこと、よく働き、
他者と分かち合うことなどであった。このライフスタイルは、グルムクにとって、完全にヨガの道と相補うものと映ったのだ。
グルムクと夫のグルシャバド師は、ビバリーヒルズにあった彼らの小さな家で、多い時は1日に4クラスを指導していた。忙しい彼女らだったが、
常に新しい人々を迎え入れ、遠くからの訪問者には、宿泊場所としてリビングルームを開放し、指導を続けた。2人はいつもサダナの為に(本当に毎日)
4時に起床する。
サダナは冷水シャワーを浴びることから始まり、それから20分間、グルナナックの祈り、ジャプジを暗唱して、1時間のクンダリーニヨガ、更に
1時間のマントラ詠唱を行う。かつてロスには、その時間に人々が集まる大きなヨガセンターがあり、そこで皆がサダナを行い、お互いを支え合った。
グルムクはチャンティングが、そしてその音のバイブレーションが混じり合い、それを通して人々と意識を溶け合わせていくことが好きだった。
なんて素晴らしい1日の始め方だろうか!「1日をサダナから始めると、全てのチャレンジに向き合い、告白する明晰さ、強さ、そして愛
と智恵が手に入れられるのです」
1970年代後半のある時期から、グルムクのダイナミックな指導スタイル、指導への100パーセントの献身、そして彼女の謙虚さが、
更なる人気を獲得し始める。テレビや映画のスター達が彼女の指導を求めてやって来るようになり、間もなく彼女は「スター達のヨギ」と
して知られるようになって行った。スター達が彼女を求めた訳は、恐らくグルムクが彼らに迎合することなく、他の誰とも変わりなく接し
たからであろう。ヨギバジャンはよく、「自由への道とは、個別の意識から集団の意識へ、そして髪の意識へと到達することだ」と語った。
グルムクはヨガの最大の価値は、グループで共有体験を持つことだと気付き、プライベートレッスンの指導を止めた。人類として私達は1つ
の集団であり、私達は皆、非常に深い所で繋がっている。自身を自由にする為には、「全ての中に神を見る」ことが出来るようにならなけれ
ばいけない。現在では、彼女のクラスに参加すると、隣の人が有名なモデルや映画スターであることも珍しくない。
1990年に、グルムクとグルシャバド師は、「スピリチュアルビレッジ」、ゴールデンブリッジヨガを設立した。現在は場所を移し
て拡張されたこの施設は、実に最高のコミュニティーヨガセンターである。1600平方メートル以上ある敷地には、7つのスタジオがあり、
様々なスタイルのヨガクラスが、毎週100以上も開講されている。ヨガ関連商品を扱う素晴らしい店舗、アートギャラリー、「ナイトムーン」
という素敵なレストランもある。週末には音楽、ダンス、celebration (need help with translation this word.
It’s definitely not celebration in the “oiwai” sense. I don’t know the right word in Japanese. Anyone?)
に溢れる素晴らしい場所になっている。更に2010年の10月には、ニューヨーク•ロワーマンハッタンのソーホーに、ニューヨーカー達
の為の美しいスタジオがオープンする予定だ。
過去10年間、グルムクとグルシャバドは、クラスを教え、指導者を養成する為に広く世界を回っており、通常年2回は生徒、
友人のグループを率いてインドを訪れ、主なヨガフェスティバル、そして世界各国に赴いて指導を続けている。今年だけでも南
アフリカ、アイスランド、インド、ニューヨーク、日本、カナダ、ベルギー、ドイツを回る。2010年は4つの指導者養成コース
(220時間のプログラムで、全米ヨガアライアンス認定)を指導する。グルムクは、最も多くのヨガクラスを指導し、講師を養成し
て来たクンダリーニヨガ指導者である。彼女達は指導者養成に重きを置く。人々が今日の世界の多大なストレスとプレッシャーを解消
する手だてを持つことが不可欠だと感じている為だ。今こそアクエリアンエイジに向けた転換の時だ。